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東京地方裁判所 昭和48年(ワ)2909号 判決

原告 世良之直

右訴訟代理人弁護士 松田奎吾

同 築尾晃治

被告 森野義之輔

右訴訟代理人弁護士 砂子政雄

主文

一  被告は原告に対し、別紙物件目録記載の建物につき昭和三九年一月二五日付時効取得を原因とする所有権移転登記手続をせよ。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

被告は原告に対し別紙物件目録記載の建物につき所有権移転登記手続をせよ。

訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  原告の請求原因

1  被告は、別紙物件目録記載の建物(以下本件建物という)を昭和二一年一月一五日、前所有者から買受け所有権を取得し、その旨の所有権移転登記を了した。

2  被告は、昭和二八年六月一二日、船橋市から市税滞納処分として本件建物の差押を受け、公売開始決定がなされた。

3  原告は、訴外飯塚喜重に対し、原告のために同人名義で本件建物を落札することを依頼した。

右飯塚は、右依頼にもとづき昭和二八年一二月二四日、本件建物を代金一〇万二〇〇〇円で落札し、同日売却決定をうけ、同月二八日右買受代金を納付した。

5  原告は右飯塚に対し、右買受代金および同人に対する手数料として、昭和二八年一二月三一日に金一〇万円を、昭和二九年一月二五日に残金二万五〇〇〇円を支払い、同日、右飯塚から、船橋市長昭和二八年一二月二四日付発行の「売却決定通知書」及び「公売に因る所有権移転登記嘱託書」の引渡しを受けた。

以上の経過により本件建物の所有権は、被告から飯塚を経て原告に移転した。

6  原告は、昭和二九年二月、千葉地方法務局船橋出張所に対し、右書類を提出して本件建物につき原告名義に所有権移転登記手続をなすための申請をしたが右「売却決定通知書」の売却財産の表示が家屋番号拾壱番のところを拾参番と誤記されていたため右登記手続ができていなかった。これを知った原告は、昭和三九年八月一九日、船橋市長から右地番の訂正の書面を受領し、かつ同日付の「公売に因る所有権移転登記嘱託書」の交付を受けたが、前記飯塚が昭和三三年三月中旬ころ死亡し、同人の相続人も所在不明であるため、本件建物につき被告から右飯塚へ、同人から原告へ順次所有権移転登記手続をなすことができない。

7  そうして、本件の場合、被告から原告へ中間省略登記をなしても、被告はもとより中間者たる飯塚の相続人においても何等その利益を害されることがない。

よって、原告は被告に対し、本件建物の所有権に基き本件建物につき所有権移転登記手続をなすことを求める。

8  仮に右中間省略の登記請求権が認められないとしても、原告は前記飯塚が買受代金を納付した昭和二八年一二月二八日以来、過失なく、本件建物が自己の所有する物であると信じ所有の意思をもって本件建物を平穏・公然と占有し、現在に至っているので、同日より一〇年を経過した昭和三八年一二月二八日の経過とともに、時効により本件建物の所有権を取得した。

よって、原告は、被告に対し、右時効取得を原因とする所有権移転登記手続を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1、2の事実および請求原因5の事実中訴外飯塚喜重の死亡した事実は認め、その他の請求原因事実はすべて否認する。

2  原告は被告に対して本件建物について直接に所有権移転登記手続を求める登記請求権を有しない。

第三証拠≪省略≫

理由

一  請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二  ≪証拠省略≫によると、原告は、本件建物が船橋市により公売に付せられた昭和二八年一二月二四日飯塚喜重に、本件建物を原告のために同人名義で落札することを依頼し、同人は、右依頼に基き、同日本件建物を代金一〇二、〇〇〇円で落札し、同日売却決定を受け、同月二八日右売買代金を納付して、その所有権を取得したこと、原告は右飯塚に対し、同二九年一月二五日までに前記買受代金に同人の手数料二三、〇〇〇円を加えた合計金一二五、〇〇〇円を、二回に分割して支払い、引換えに同人より、「売却決定通知書」「公売による所有権移転登記嘱託書」等、被告から飯塚へ、同人から原告に順次所有権移転登記手続をなすに必要な書類を受取り、もって同人より本件建物の所有権を取得したことが認められる。

右認定事実によれば、本件建物の所有権は、被告より飯塚へ、同人より原告へ、順次移転されたものというべきところ、かゝる場合原告が被告に対し、右所有権の承継取得を理由に、直接自己に所有権移転登記手続を請求することは、被告及び飯塚の同意がないかぎり、許されないと解せられる。もっとも、前記認定事実によれば、本件の場合、右のような中間省略登記請求を許しても、被告及び飯塚の利益が害されることのないことは、原告主張のとおりであり、また、現在すでに飯塚が死亡していることは当事者間に争いがなく、その相続人の所在をつきとめることが困難な事情にあることは原告本人の供述によって認められるところであるが、原告において前記所有権移転の過程に忠実な移転登記手続を訴求できる道のあることは言うまでもないところであるから、物権変動の過程をそのまゝ登記簿に反映させようとする不動産登記法の建前に鑑み、前記のごとき事情がある場合においても、なお、原告から被告へ直接所有権移転登記手続を請求する権利を認めることは適当でないと言うべきである。

したがって、被告及び飯塚が前記中間省略登記について同意をなした旨の主張立証のない本件においては、原告が被告に対し、本件建物の前記権利変動に基き、直接自己への所有権移転登記手続を求めることは許されないと言うべきである。

三  ≪証拠省略≫によれば、原告は、前記のとおり本件建物の所有権を取得した昭和二九年一月二五日以来、過失なく本件建物が自己の所有に帰したことを信じ、所有の意思をもって、平穏、公然とこれに居住、占有して現在に至っていることが認められるので、原告は同日より一〇年を経過した昭和三九年一月二五日の経過とともに、取得時効によっても本件建物の所有権を取得したものというべきである。

そうだとすれば、原告は、すでにその所有権を取得した物についても時効取得を援用しうると解すべきであるから、右時効取得を原因として、本件建物につき、その現に登記簿上の所有名義人である被告に対し、所有権移転登記手続を求めることができるというべきである。

よって、原告の本訴請求を正当として認容し、訴訟費用につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 黒田直行)

〈以下省略〉

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